第1 はじめに 

国際契約を中心に、契約書に仲裁条項が設けられることは 珍しくありません。仲裁条項のある契約について紛争が生じた 場合、裁判所ではなく合意された仲裁機関での紛争解決が 試みられます。では、このような仲裁条項のある契約について、 一方当事者が倒産した場合、仲裁条項は引き続き有効でしょ うか。仲裁という当事者間の合意を重視する手続と、倒産とい う強行法規的に一律かつ集団的な調整を行う手続とは、相 互に相反するようにも見受けられます。仲裁と倒産の関係につ いては、国際的にも大きな議論があるところですが、以下で は、仲裁条項のある契約につき、海外の契約相手が破産した 場面を想定して、基本的な考え方を概観したいと思います。

第2 仲裁合意は破産管財人を拘束するか

一般的な仲裁条項は、例えば、以下のような条項であり、契 約に関するあらゆる紛争は、合意された仲裁条項に基づき、 合意された仲裁機関(下記の例では、シンガポール国際仲裁 センター)で仲裁により最終解決されます。

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1 はじめに

破産手続が開始されると、当該事実は官報に公告されると ともに、知れている破産債権者に対して個別に通知されます (破産法32条1項、32条3項)。この知れている破産債権者へ の通知を行う主体は本来、破産裁判所ですが、実務では、破 産管財人が、申立代理人から提出された債権者一覧表に記 載のある破産債権者に対して通知書を送付することによりな されています(破産規則7条参照)。では、実際には債権を もっているにもかかわらず、債権者一覧表に記載がなかったがために通知を受けなかった債権者はどうなるのでしょうか? 本件は、通知を受けなかったために破産手続の存在を知ら なかった債権者が、破産手続に参加したとすれば得られたは ずの配当金を損害として、申立代理人及び破産管財人を訴 えたという事案です。

2 事案の概要

事案の概要は、以下のとおりです。

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1 事案の概要

本件は、破産者が自動車の販売会社(A社)から購入した 自動車(本件自動車)について、契約に基づいて、自動車の 購入代金を立替払いした信販会社(B社)が、本件自動車に かかる所有権留保に基づき、自動車を破産者から引き揚げ、 本件自動車を査定し、破産者に不足額(未払の立替払金債 権等と自動車の評価額の差額)を通知した行為について、破 産管財人が、破産法162条1項1号により否認権の行使を主 張した事案です。

大まかな事実関係は、以下のとおりです。

① 破産者、A社(販売会社)及びB社(信販会社)の三者 で立替払契約締結(破産者が自己に代わってA社に 立替払することをB社に委託し、B社がA社に自動車 購入代金を一括して支払う。破産者はB社に対して毎 月分割で立替払分に分割手数料を加算した金額を支 払う。「本件立替払契約」。)。

本件立替払契約には、以下の条項がある。

(ア)破産者は、自動車の登録名義のいかんを問わず、A 社に留保されている自動車の所有権が、B社がA社に 立替払したときにはB社に移転し、立替払契約に基づ く債務を完済するまでB社に留保されることを承諾す る。

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